デデデを始める時にも考えたことを改めて整理するきっかけに出会えて、それ故に悩みは深まってしまったのだけど、いつか確認する時のために書いてます。

「生き抜く」世の中ではなく、「生き合う」世の中でなくてはならない。

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大阪の校長先生が市長に直談判した手紙にあった言葉が深く刺さりました。 これまでの僕の子育ての方針は「生き抜く」ことでした。

全員で生還することを「生き抜く」とは言わないですよね。他の誰かが脱落してしまうことを容認するルールの中で最適戦略を探っていたことに気が付き、ハッとしました。

誰も振り落とさずに「生き合う」社会を作る努力をしないで、厳しい世界に耐えられるように子ども達のステータスを上げていく。
ハタと自分を俯瞰してみると、なかなかカッコ悪いじゃないかと。

こんなイメージが頭の中に出来てしまいました。

いつ津波が来るわからない海辺の街で、それぞれの家庭が方舟を作っています。
特注エンジンのためにローンを組んで、筏(イカダ)しか作れない隣の家を見て安心し、ネットで最新のGPSを調べるのに忙しい。
みんなで堤防や避難所を作るかスムーズに逃げられる仕組みを作ったほうがいいことに気が付かずに。

「根本的な問題解決よりも、自分の相対的な位置を上げることに夢中になっている。」

デデデを始めたときの僕は、自分の方舟だけゴージャスにしてもそれ以上にはならないから、みんなでもっと良い方舟を作ろうぜという考え方でした。
そう、手の届く人たち(だけ)と生き抜こうとしてました。つまり、「生き抜かない役」は出会えない誰かに押し付けるつもりだったということです。「オレ、だっせぇ、、(By 左ききのエレン)」

あれからもうすぐ2年経ちます。方舟を作ろうとしていない人も居ることや、無敵の方舟ができたところで、操作ミスや病気で生き抜けないことだって十分ありえることが分かってきました。

それならば堤防作るか、遷都するか、方舟がなくてもみんなが「生き合う」仕組みを作ったほうが生存確率は上がると、校長先生の話で決心がつきました。

デデデはコロナの様子を見ながらやり続けます。知識は奪い合うものでなく、複製して増やせるものだから、生き合う社会の実現にも良い影響を与えると信じられるからです。 そして、生き合う社会をどうやって作っていくかを考えている先達を探そうと思います。残念ながら今の自分には生き合う社会の設計図の書き方がさっぱりわからないので、、「オレ、だっせぇ、、涙」

まとまっていませんが、「あいつまだまだ甘ぇな」と思って見ていただいてた方がいらっしゃれば、とりあえず現状認識だけは一つ登ったはずなので、ご指導いただけましたら幸いです。